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神戸地方裁判所 昭和24年(モ)5号 判決

申請人

全日本造船労働組合川崎造船支部

被申請人

川崎重工業株式会社

主文

右当事者間の昭和二十三年(ヨ)第二三六号仮処分申請事件について当裁判所が昭和二十三年十二月二十八日にした仮処分決定はこれを取消す。

申請人の申請はこれを却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

申請の趣旨

申請人は「主文第一項掲記の仮処分決定はこれを認可する」との判決を求める。

事実

申請人は被申請人会社艦船工場(以下会社と称する)の従業員からなる労働組合であるが、会社との間に労働協約を結びそれには会社は従業員の雇入解雇を行おうとするときは申請人組合の同意を得なければならないこと、採用解雇、賞罰の基本的方針に関する事項については会社と申請人組合双方の委員からなる経営協議会で協議すること等が定められてあつた。然るに会社は申請人組合の組合員である佐土原實秋、田畑美知男、清家義雄の三名が入社に際し重要経歴を詐つたとの理由で同社就業規則第七十四条により解雇するべき旨の申入がありこれに付て申請人組合と会社とは各同数の委員を以て構成する経営協議会の小委員会である賞罰委員会で昭和二十三年十二月六日、七日、九日の三回にわたり協議したが双方の意見が合致せず従つて労働協約に定められた申請人組合の同意がなかつたのにもかかわらず会社は同月十一日前記三名を懲戒解雇してしまつた。右三名は元被申請人会社葺合製鈑工場に勤務していたところ同工場における争議を原因として退職したものであるが被申請人会社に雇入れられた時提出した履歴書に右前歴を記入していなかつたので会社はこれを以て前記就業規則第七十四条に該当すると主張するのである。しかし労働契約締結に当つて考慮さるべき経歴は労働者の労働能力、その技能等に関するもののみに限られるべきでそれ以外の人種、信条、性別、社会的身分、門地等に関するものは重要な経歴でなく従つて前記の佐土原等三名が履歴書に記入しなかつた経歴は重要な経歴でなく就業規則第七十四条の解雇原因とはならないのである。

又もしこれが重要経歴を詐つたことになるとしても会社はその解雇につき申請人組合との労働協約に定められた組合の同意を得ていないことは前述のとおりである(申請人組合は前記就業規則第七十四条には懲戒方法として解雇及び出勤停止に処すると規定してあるので本件については出勤停止の処分にすべきだと主張して会社主張の解雇処分に反対したのであつた)。

以上の理由により会社が前記佐土原外二名に対してした解雇処分は労働協約の規定に反し無効なものであるのに被申請人がこれを争つているのは右労働協約上の義務を履践しないものであるから申請人はその無効確認の訴を提起するにつき利益を有するものであつて、その訴の提起準備中であるが申請人組合の構成員である労働者として前記三名が一日たりとも失職状態にあることはその利益を擁護すべき立場にある組合としても重大な打撃となるおそれがあるので本申請に及んだと述べ、

被申請人は、主文第一項と同じ判決を求め、

答弁として、会社が申請人組合の組合員である佐土原實秋外二名を昭和二十三年十二月十一日解雇したことは申請人主張のとおりであるが、これは申請人のいうような無効なものではない。すなわち前記三名はもと被申請人会社葺合工場の工員として勤務していたものであるが清家義雄は昭和二十三年四月七日同工場を依願退職し佐土原實秋は同年七月三十一日解雇され田畑美知男は同月七日依願退職したものであるが同年八月中被申請人会社艦船工場に雇入れられるに際しいずれも右経歴を秘し、清家は昭和二十一年十月外地引揚後専ら商業を営んでいたもの、田畑は昭和二十年八月復員後職歴ないもの、佐土原は同年七月復員後農業に従事していたものと詐称して入社した。会社の就業規則第七十四条には前歴を詐称して入社したものは懲戒解雇又は出勤停止に処する旨規定されてあり入社の際会社に入社員から提出する契約書附属履歴欄には特に前歴を詐つて記載したものは入社後解雇される旨の注意が朱書されているのに右三名は前記の如く最近被申請人会社を退職した事実を記入せずその後も会社側の調査に対して前歴詐称の事実を頑強に否認していたのであるから会社は規則に従つてこれを解雇することに決したが会社と申請人組合との間の労働協約第十四条、覚書四によると従業員の解雇については事前に組合に通知してこれに異議を申立てる機会を与えるべきこととなつているので申請人組合にこれを通知し双方の委員よりなる懲罰委員会を開いて昭和二十三年十二月六日以降三回にわたり組合側と意見を交換したが組合側は右三名の行為が就業規則第七十四条の懲戒原因に該当するものとは認めるがその処分は出勤停止五日に止むべきものと主張し会社側の懲戒解雇の主張をいれなかつた。然し会社の人事に関する処分は会社の根本的経営権に属するものでその行使につき組合の意見をきくことはあつてもこれに左右されるべき筋合のものではないのであるから会社は前記三名を解雇処分に付するのを相当と認め昭和二十三年十二月十一日付でこれを解雇したものである。

申請人は労働協約書第五章第十四条に「会社は従業員の雇入解雇を行おうとするときは支部(申請人組合を指す)の同意を得る」とあるのを援用し従業員の解雇には組合の同意を必要とすると主張するのであるが同協約と同時に成立したその附帯覚書第四には「第五章に於ける同意を得るとは原則として事前に支部に通知し異議の申立をする機会を設ける趣旨である」と明記されており、これは会社と組合とが右労働協約を締結するに当つて実質的には右覚書通りの合意が成立したのであつたが組合側のその外部に対する関係から出た希望を容れて協約書の文面には一応前記の如く「同意を得る」との文言を残し同時に作成した覚書に双方の真実の合意内容を記載する形式をとつた結果でき上つたものなのである。すなはち会社がその従業員を解雇するに当つては事前に組合にこれを通知しその異議を述べる機会を与えれば足りるのであつて組合の同意がなければ解雇できないというものではない。

会社が本件解雇処分をとるに際し予めこれを申請人組合に通知しその意見を開示する機会を与えた上前記三名を解雇したものであること、右三名の経歴詐称が就業規則第七十四条の規定する懲戒事由に該当するものであることは上述したところにより明かであるから右解雇処分は何等前記労働協約に反するところなく完全に有効なものでありその違反を前提とする申請人の申請は失当であると述べた。

申請人は清家、佐土原、田畑の前記三名が被申請人主張の日被申請会社の葺合工場を被申請人主張の事由によつて退職したこと及び労働協約書第五章第十四条同附帯覚書第四に被申請人主張の文言が記載されていることは認めるが、右協約の趣旨は組合の主張する異議が妥当なものである限りその同意を無視して解雇することはできないとの趣旨を現はしたもので単に組合に異議申立の機会を与えれば足りるというに止るものではない、本件解雇問題につき組合の提出した妥当な異議があつたのにもかかわらず会社はこれを検討し双方の適正な諒解に達するため必要な努力をつくさずして一方的に解雇処分をとつてしまつたものであると述べた。(疏明省略)

理由

申請人組合の組合員であり被申請人会社の従業員である清家義雄、佐土原實秋、田畑美知男の三名がもと被申請人会社葺合工場の工員でそれぞれ被申請人会社艦船工場に工員として雇入れられたがその際前記経歴を秘匿しその経歴を詐つていたので被申請会社は同社就業規則第七十四条の懲戒解雇の事由に該当するものとしてこれを解雇すべく、申請人組合にその旨通知しその後前後三回にわたつて申請人組合と意見を交換したが申請人組合は右前歴秘匿は出勤停止の懲戒に止めるべきであると主張して右三名の解雇処分に同意せず双方の意見合致せぬうち被申請会社は昭和二十三年十二月十一日右三名を懲戒解雇するに至つたこと、同社就業規則第七十四条には重要な経歴を詐つて雇入れられた者は懲戒解雇又は出勤停止に処する旨の規定がありまた申請人組合と被申請人会社との間に締結された労働協約書第五章第十四条同附帯覚書第四に被申請人主張の如き文言の規定があることはいずれも当事者間に争のないところである。然し申請人は被申請人がその従業員を解雇するについては会社組合間に締結された労働協約の規定(第十四条)により申請人組合の同意を要するのに本件解雇についてはその同意がなかつたと主張し被申請人は解雇についても単に予め申請人組合にその旨通知しこれに異議申立の機会を与えればたとえその同意がなくとも解雇できるのであつてこれは労働協約書第十四条とその附帯覚書第四の規定によつて明かであると主張するのでこの点について判断する。成立に争のない疏乙第五号証によると被申請人会社艦船工場の従業員の転任、賞罰については組合は単にその通知を受けこれに異議を申立てることができる旨定めた協約書第十五条があると見られ、これと前記第十四条の規定とを対比して考えれば、若し右第十四条における組合の同意の意味が被申請人主張の如く附帯覚書第四によつて単に組合が通知を受けこれに異議を申立てる機会を与えられるに止まるものと解すべきものとするならば協約書上解雇と転任賞罰とを区別して規定した両条項は組合に事前に異議の機会を与えるか事後でも足りるかの些少な差異あるに止まり、区別して規定する意義は殆どなくなるわけで、特にこの両者を別箇に規定したことは無意味となるのみならず解雇が転任賞罰と異り労働者にとつてその生活を直接左右しその結成する労働組合の団結に影響を及すこと甚大なものがあること、他方前掲乙第五号証により疏明される本件労働協約第五章に規定する組合の同意が被申請会社の経営権への重大なる干渉であるとの事実に証人古田槌生、矢野笹雄及び細田平吉の各証言の一部及口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、右協約締結の交渉に当つて組合側は従業員の雇入解雇は労働者の生活権に関する重要事項として会社がこれを行うについては組合の同意を要するものとすべきだと主張し、会社側は経営権の自主性保持の立場上からその主張を容れず両々相対峠して譲らず容易に協約成立の見込がなく窮余前記附帯覚書を原案に添附して両者の面目を立て妥結するに致らしめた事情にあり、その綜合された協約の趣旨は極めて不明確になつたのであるが、会社は組合員の雇入解雇につき必ずしも常に組合の同意を得る必要はないが、ただ会社は予め組合に通知してこれに異議を申立てる機会を与え、異議申立がなかつたならば組合の同意があつたものとして取扱い、異議があれば会社は組合側の意見を徴しそれが合理的で客観的に妥当であればそれを無視した雇入解雇はできないとの趣旨で、覚書第四の取きめがなされるに至つたものと解するのが相当であるとの一応の認定がつくのである。結局覚書第四の文言は協約書第十四条中の「同意」の意義を単純な異議申立に変更したものではないと解するのを相当とする。そこで本件解雇に対する組合の異議が妥当なものであるか否かについて考えるに、前述の通り佐土原實秋外二名は被申請人会社艦船工場に雇入れられる一月乃至数月前まで同会社葺合工場工員として勤務していたものでありながらこれと同一会社に属する艦船工場工員として雇入れられるに際しその事実を秘して経歴を詐つていたのであり、しかも成立に争のない疏乙第三号証の一乃至三によれば入社の際右三名の提出した契約書履歴欄上部には「前の勤務先を書落すと履歴を詐つたことになり解雇事由となる」旨朱書されているのに、右三名は上記の経歴をこれに記入せず虚偽の職歴を記入していることがうかがわれその過失に基いて記入を誤つたものとは見られず、しかも前記三名と被申請会社との雇傭契約が有機的に動く企業体の一部分を担当する継続的労務に従事することを目的とするものであることは口頭弁論の全趣旨から認められるところであるが、かかる雇傭契約にあつては単純な個個の労務を提供する契約と異り労務者本人の稼働能率その他の成績はもとよりそれが関係部門の同僚労務者の稼働能率その他の成績に及ぼすべき直接間接の影響への顧慮から雇主はその採否に当つて労務者の労働技能は勿論その健康又は誠実さ熱心さ等労働力流出の源泉である全人格的価値判断をするものと考えるのが常識であつて(このことは人種信条性別社会的身分又は門地への顧慮とは別である)その判断をするための準備上労務者 経歴を知ることは極めて重要なものであるというべく、従つてこれを故意に秘匿することは被申請人会社就業規則第七十四条第四号の重要な経歴を詐りその他不正な方法を用いて雇入れられた時との懲戒事由に該当し、しかもその違反は軽度なものとは認め難いのであるから被申請人会社が同条の規定する懲戒解雇及び出勤停止の処分中前者により佐土原等三名を懲戒解雇に処すべきものと定めたのは不当な処分とはいえず、従つて組合がこれを出勤停止五日の処分に止むべしとして異議を称へたのは妥当なものでなく、しかもこの間被申請人会社は申請人組合と両三度にわたつて委員会を開き双方の意見を交換し交渉につとめたことは当事者間に争のない事実であり、右のような諸事情を総観すれば組合の本件解雇についての異議を被申請会社が容れなかつたのは当然であつて組合の意に反し前記三名を解雇した被申請人の行為は協約第十四条違反とならないといわざるを得ない。その経歴を詐らねば職を得るに由なく佐土原等三名としてはやむなく経歴詐称に及んだものであるというも求職者の少なからぬ現状においては、それは結局不正な方法によつて他の公正な勤労者に先じて職を得る結果になるものであることを思えば社会的にも、労働者としても是認されるべき行為とはいえないわけである。

すなわち、被申請人のなした右解雇処分が労働協約に違反することを前提とする申請人の本件仮処分申請はその理由がないものであるからこれを却下すべく、また右申請に基いて当裁判所が昭和二十三年十二月二十八日にした仮処分決定は不当であるからこれを取消し、仮執行の点について民事訴訟法第百九十六条、第七百五十六条の二を、訴訟費用の負担について同法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

注・昭和二十四年三月十七日控訴の申立があつた。

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